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片山飛佑馬「アパシー」を読んで

1三田文学を購入し、何度も読む
10月10日発売の「三田文学」に25歳の鬱病で自死した片山飛佑馬さんの「遺書の要素を持ちながらも文学作品といえる」内容の遺稿が掲載されるとの新聞記事をみた。毎日新聞の米本浩二記者の記事で あった。25歳の片山飛佑馬さんの写真入りで、力のこもった記事であった。(新聞の社会的影響力低下が甚だしいが、このような胸を打つ記事は大きな力を発揮する)記事の翌日の10日、大阪の大手書店を訪れると、すでに売り切れであった。梅田界隈の大手書店をはしごしてもすべて売り切れであった。三田文学に 直接注文し手に入ったのは10月30日で あった。増刷が間に合わないほどの注文がきたらしい。
30日の夜すぐに読了した。
「惜しい人を亡くした」そんな思いで寝れなくなった。朝4時に起き出し又読んだ。

 遺稿は、いきなり「うつ」のクスリを飲むところから始まる。
   飲んだのは「ワイパックス錠」。クスリの辞典によれば「脳に穏やかに作用し、意識や精神活動に影響を及ばさない容量で不安や緊張などを取り除きます。」と ある。だがこの薬を飲み出す1ヶ月前に自殺用の縄を買いにホームセンターに行って、準備を整え「これで楽になれるな」と思い首に縄を掛けて、試しもすませていたのだ。
 無理矢理会社に行き、とうとう何も出来なくなって精神科に行き薬を処方される。それがワイパック錠などである。ところが、それまでどこで調べたか、うつ のサプリで有名な「セント・ジョンズワート」を服用していたと告白している。このサプリは別名「セイヨウオトギリソウ」といい、脳内のセロトニンの量を増やす効果については最強といわれている。ただ他のクスリと併用すると、様々な悪い症状が出ることも有名なサプリである。
片山飛佑馬は、そのことも知っていて、薬剤師に「一緒 には飲みませんよ」とつげている。心身の不調を感じた片山飛佑馬は、なんとかこうしたサプリで乗り切ろうとしたようだ。新聞記事によれば、慶応大学卒業 後、地方銀行に入ったが、2004年9月に横浜から富山に転勤になり、勤務3年目の05年春、不慣れな営業職に変わったことなどから、鬱病になり5 月に休職。2度の自殺未遂後、8月27日、死を選択したとある。なぜ営業職への配置転換が行われたのかわからないが、配転後短い間に「うつ」を発症し、早い段 階で自死を決意している。(営業への配転は1月という情報もあります。)

遺 稿を時系列に整理すると、仕事が出来なくなって休職に入る日を起点として、それから1ヶ月間の苦闘を詳細に述べている。1ヶ月の間に、休職、実家へ移動、 寮の荷物整理、母との会話「いのちの電話」、先輩からの電話、免許の住所変更、コンビニでの出来事、東京に行ったこと、通院と詳しくつづられている。この 間1度自殺未遂が在る。(らしい)この1ヶ月に比べて他の月は素っ気ない書き方でほとんど空白となっている。梅雨の時、彼女とあったこと。8月に渋谷で あったこと。病院に1ヶ月ぶりに入ったこと等にふれているにすぎない
 片山飛佑馬さんは、休職の1ヶ月前に自殺用の縄を買っている。(4月頃)労災認定に係わった精神科医によれば、「うつ」病発症から3日から7日で自殺する人が多いという。彼は、この時期を何とか乗り切っ た。次の危機は、どん底を脱し動けるようになった時という。両親や彼女の豊かな愛情に包まれていた彼であるが、死を欲する気持ちが強すぎた。愛情に包まれ ていたから、ここまで耐えれたともいえる。だが一般の家庭で、自殺を完全に防ぐ事は出来ない。なんでもない日常の用具が、自殺の手段となるのだ。ロープ、包丁、ナイフ、マンションの屋上、電車、自動車、農薬。いくらでも手段がある。ロープがなければワイシャツでも下着でも手段として使える。また家族も買い物にも行くし、仕事にも行く。寝る事も必要だ。5分、10分の空白が、永遠の別れとなってしまう。24時間保護することは不可能なのだ。自殺を防ぐ方法は、自殺手段から隔離し、24時間交代で見守ることが出来る体制が必要だ。それは入院しかない。担当医は入院を強く勧める義務がある。「自殺の意志はない」という返事だけで判断してはならない。言葉を換えて「生きていても仕方がないと思うか」「時々自殺を考えるか」「自殺の手段を考えたことがあるか」と質問し、手段まで考えているのなら切迫していると判断すべきである。

2.治療は適切か
現在の精神 疾患に対する治療はエイメン博士に依れば150年前と変わらないとい う。少なくともこの10年対処療法用のクスリは進化したが、治療は進歩していない。精神科医は臓器(脳画像)も見ないで治療する。クスリの処方だけの精神科医と聴くだけのカウンセラーという構図は変わっていない。
「アパシー」によると処方された薬は
ワイパックス錠(1日3回)成分名ロラゼパム穏やかな精神安定剤、抗不安作用が強いとされる
サイレース錠(寝る前)成分名フルニトゼパム不眠治療剤
パキシル錠(寝る前)成分名塩酸パロキセチン水和物、鬱状態治療剤
ソラナックス(不安時)成分名アルプラゾラム、穏やかな精神安定剤 不安や緊張を取り除く
(薬剤の効能は「くすりの辞典2006」成美堂出版による。)
いずれも穏やかな効き目の薬であるが、自殺を抑える薬効はない。
 自殺行動を15分の1に減ずるという、リチウムの処方がないのは疑問だ。リチウムは血液濃度の監視が必要で、かつ安価であることが(医師に)嫌われる原因になっているという説もある。この現状がつづく限り、自殺防止にはほど遠いといわざるを得ない。私には病(脳に傷が付く) が彼を押しやったとしか思えない。この遺稿は、彼がやむにやまれる死を選択することを、両親や彼女にわかって欲しい気持ちに溢れている。愛されているからこそ「さよならも言わないで」去る事が出来ず、長文の遺稿を残したのだった。    

3.職場との関係

在職していた銀行との関係はどうであったか。飛佑馬はいう。
「私は何度でも叫ぼう。私を含めてあなた方に反発したいのは、あなた達は他人に自己責任を叫んで、自己の責任を回避しているのである!そして、責任という言葉の意義を特に理解もせずに、曖昧なまま責任と叫んでいるのである。」
「私は、同年代の弱者を代表して、この難題にもう一度一つの石をなげかけるのだ。」
鋭い指摘である。売り上げを強制し責め立てた上司達は、どう思っているのであろうか。儲けが少ないのは自己責任、病気になっても自己責任、上司の自己責任は無いようだ。○○銀行では20代の行員が、飛佑馬の前に1人自殺しているとの情報が飛び交っている。それも飛佑馬の配転の1ヶ月前という。
優しい飛佑馬はこれ以上の追求をしない。
 飛佑馬が、なれない営業を前任者からどう引き継いだのかにも疑問がある。周囲は引き継いだと思っても、細かいところの処理に悩んで仕事が停滞している場合がある。まして前任者が離職している場合など最悪である。上司は仕事が行き詰まってないか、確認し援助する義務がある。相次いで崩れているのなら、上司の責任は重い。自分は何もしないが、相手には自己責任ということは許されない。上司とのコミニケーションがとれないまま、精神的にも肉体的にも疲れ果てている若者は多い。壊れやすく、コミニケーションが不得意な若者が多い。ところが上司も、自分の責任逃れは上手だが、部下とのコミニケーションはだめな人が多い。部下が窮地に追い込まれていても、知らぬ顔で自己責任というのだ。育てる力が無いのだ。業務はある程度出来るが、上司としては無能、不用なものが多い。飛佑馬は無能な上司の犠牲者であったかもしれない。
4.豊かな飛佑馬の世界
飛佑馬ワールドを紹介するため、飛佑馬が友達としてあげている24人(23人と1グループ)の写真を集め始めた。まず音楽関係をそろえてみた。冒頭のジョンレノン、ビートルズ、バッハ、ドビュッシー、モーツァルト、ベートーベンである。ビートルズは1962年の大爆発直前の写真、ジョン・レノンは5歳の写真、ビートルズ全員の直筆似顔絵付きサインもそろえた。それを1枚のパネルに貼ると、飛佑馬ワールドの一端が見えてきた。絵画ではスペインのプラド美術館でゴヤのマハなどを見たとある。裸のマハと着衣のマハ、ルノワール、マネ、モネ、ピカソなどをそろえた。文学ではドストエフスキー、トルストイ、夏目漱石、太宰治、芥川龍之介だ。あと哲学、映画等とつづく。驚くほど豊かな世界だ。これだけの教養、感性、感受性が隠されていたのだ.
ところが経済のグローバル化の名のもと「仕事の速度を速めて生産性を上げる事が唯一の尺度」となっている日本の社会では、なんの価値もないかのように扱われる。

三田文学所収、片山飛佑馬作「アパシー」最初のページのみ紹介致します。

 
アパシーという標題について

アパシー シンドロームと言う診断名がある。生きる意欲やエネルギーが枯れ本人にも原因がわからない。本人は今の現状に不満を持っており何とかしたいと考えて入るのにどうにもならない状態を指すようだ。ここからこの標題を選んだのだろうか。