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なぜ「うつ」になるか、うつ病の本質は? 
うつ病への対処方法を提示します。            2008年4月22日
 文責 伊福達彦

はじめに
うつ 患者が100万人、自殺者3万人。自殺者の9割が精神疾患という。なぜうつ病が急増したのか、何故うつ病になるのか、何故うつ自殺が多いのか。被害の大きさに比べて研究の遅れが目立つ。そのため治療も大きく停滞している。進んでいるのはうつ病の症状を緩和する抗鬱薬の分野だけ。薬害の心配もでている。うつ 病は4000年の歴史を持つ。罹りやすい、慢性化しやすい、再発しやすい、自殺を招く悪性疾患である。うつは社会生活のあり方の変化と密接に結びついている。地球温暖化など環境の悪化、社会生活のスピードとも関係する。うつ病をなくすには生活、労働など全ての
分野での変革が必要になっている。
だが何故うつ病になるかと言う素朴な問いかけには、ストレスと答えるしかない。ストレスの内容も時代とともに変化しているが、ストレスに対応する人体も弱くなっている。     うつ病についての研究は非精神科医であるジャーナリスト出身や研究者が先進的な取り組みしているのみで、公式の学会は君臨すれども進歩なしの状態である。うつ病が貧困と結びつき始めている。非正規労働と低賃金の拡大の中で、この悪性疾患がさら なる悪しき役割を果たそうとしている。
現在うつ病は特定の神経伝達物質(例え ばセロトニンなど)の不足が原因だとか、脳の特定部位の不活性が原因だとか言われています。だが長い研究にもかかわらずいっこうにはっきりしない。京都大 学名誉教授で物理学者の蔵本由紀さんは非線形科学を提唱する。てんかん発作を神経細胞の大集団による強力なリズムが引き起こす症状と規定する。ここに解明 の鍵があるのではないか。躁も鬱も傷ついた細胞に誤って同期する神経細胞の暴走ではないのか。神経細胞の集団暴走と脳の各部位との関係はどうなのだろう か。市民科学の視点で考えてみよう。                            

一.うつは心の病か、脳の病か
 うつは心の病であると主張する見解が現在は支配的である。神聖な心の病であるからには、専門家に任せるべきだと言うわけだ。その専門家とはクスリを出すだけの精神科医と聴くだけのカウンセラーを指している場合がおおい。
 この傾向によって現代のうつ患者は「治らない、社会復帰できない」状態で長く苦しんでいる。だが「うつ」のとき、脳が正常に働いていないこと は、誰しも異存あるまい。首尾一貫性が崩壊する。日常生活さえままならない状態となる、集中力、持続力はなくなり、気力も減退する。むろん強い抑鬱感と不 安感におそわれ、強い苦痛を感じる。「奈落の底に落ちる」「想像を超えた苦痛という強制収容所に突然連行されたよう」「体にも頭にも重い液体がしみこんだ よう」等異次元の世界に連れ込まれます。脳内のネットワークが正常に働いていない事はみんな経験する。
 ヒトの心とは一体何で、いつ頃形成されたのでしょうか。ヒトの心は言語無しには成立しません。「言語を使えば概念を交換でき、技術を改善したり新しい生活様式を取り入れたり出来る。そればかりか、多くの心理学者、哲学者、言語学者が、言語は単に概念交換の媒介であるだけでなく、複雑な思考その ものだと主張している。(「歌うネアンデルタール」早川書房 ステーブン・ミズン著)この言語は20万年前から初めて進化し、2万年前に進出した現代人は 言語と音楽を持っていたという。600万年前にはヒト属が他の霊長類と分かれている。言語無き時代には今の言葉で言う「心」もなかったと思われる。
つまりヒトの入れ物としては600万年の歴史があるが、「心」を持つヒトの歴史は2万年(長くても五万年)しかないといえる。初歩的な言語と音 楽がありそれを処理できる大脳(新皮質)があっても、ヒトが一定の集積をとげ、複雑なコミニュケーションが必要になるまでは宝の持ち腐れであったのだ。「愛」がほ乳類の発明であるなら、「こころ」は現人類の発明であった。大脳(新皮質)のシステムが混乱すれば言語に支えられた「こころ」も混乱することになる。
 
二.ヒトの脳である大脳半球(皮質)は、全ての下位の脳に対して指令する中枢の位置にあります。ところが「うつ」と言うやっかいな病気は、この最高司令部のネットワークが崩れ、下位の脳である間脳や大脳基底核を含む大脳偏縁系が優位になった状態となります。(いわばセイフティモードが働いている状態)
 なぜ大脳のネットワークが崩れるのでしょうか。
現代人は通常の生活の中で、おおきなストレスを受けています。
1.社会のスピードが異常に速くなった事で受けるストレス
2.24時間光に囲まれた光汚染によるストレス(とにかく明るい・睡眠時間が短い)
3.過密・過疎のストレス(過密電車)特に首都圏の過密は人間扱いとはいえない
4.温度・湿度の激しい変化によるストレス(冷房の効いた部屋と37度もの外気)
5.世界中で、特に日本で睡眠時間は短くなる傾向がある。
これらは、生活の中で日常的に体験している。
こうした外部のストレスに加え加重労働や、パワハラ攻撃を受ければたちまち脳内のバランスは崩れてしまいます。心理的打撃も同様です。
 現代人が受けているストレスは長期化、日常化、極端化など数百万年前のストレストとは異質なものになっています。しかしストレスへのホルモン や神経系の反応は、太古から変わっていません。猛獣や敵から身を守る反応が、ハイテク社会でも変わっていません。そのためストレス反応が逆に自己の心身を 傷つけてしまいます。
  大量に分泌されたコルチゾールなどが正常に消費されず、行き場を失って脳神経を傷つけてしまいます。大脳のあちこちが傷だらけになれば、次第にコントロー ル力が弱くなっていきます。その結果大脳がコントロールする力を失い、下位の脳が跋扈するのです。脳内が「猿の惑星」状態となり、労働能力も急激に低下し ます。労働能力が猿のレベルまで下がると考えれば分かり易いと思います。
 脳のその原型は脊髄にある。脊髄から脳が発生した。脳の進化は第1段階が脳幹の発生であり、ついで間脳(感覚脳)と大脳皮質が発達する。大脳 皮質の発達は3段階有り、まず大脳核、ついで大脳核を含む大脳偏縁系、最後に新皮質が発達した。大脳偏縁系は哺乳類で本質的な役割を果たしている。新皮質 は恐竜にも原始的な形であったと言われているが、霊長類で巨大な脳となった。(カール・せーガン「エデンの恐竜」では、ヒトは恐竜の脳と哺乳類の脳を持つ という)
 王様の位置から転げ落ちた、ヒトの大脳 は深い苦しい悲しみにおそわれます。脳画像で見るとうつの時、大脳は静まりかえった真夜中の森のようであり、躁のときは、クリスマスのデコレーションで点 滅しながら輝く森のように見える。幸福感を失った大脳は、不安感や、抑鬱感に過剰に反応し、耐え難い苦痛を与える。否定的な感情は死を望むまでに過剰に強 化される。強い不安感、抑鬱感はヒトの大脳の悲しみの表現であり、自殺願望は、このような 「猿の惑星」状態から脱したい、大脳の願いとなってしまいます。(脳出血で脳が損傷し、特定部位の知覚が低下した場合、同じ部位で刺激に対する大脳の過剰 反応により、逆に強い痛みを感じることがある。こうした反応が、うつでも起こっていると考えられる。強い自殺願望は、セイフティモードの担い手自身も傷ついたため、そこから負の信号が出されている可能性もあります。本来の安全装置が誤動作している状態ともいえます)
 躁とうつは見た目には両極端の症状で、躁鬱病は双極T型とかU型とかに分類されている。うつが脳の働きが過剰に抑えられている状態とすれば、躁は脳の各部位が勝手に暴走し、過剰活動をしている状態といえる。大脳システムの混乱という意味では両者は同じということが出来る。
(廣中直行著「快楽の脳科学」では大脳新皮質を高次脳、脳幹から大脳辺縁系までを低次脳としている。両者の相対的独立性と癒着、せめぎ合いと行き違いから快楽の歪みを説こうとしている。)
(「電気ショック療法が特定の神経伝達システムに対する特異性が最も少ないのは、ほぼ確実だが、現在の治療法のうちで最も早く最も効果的であると多くの臨床医が考えている。このことからうつ病についていえるのは、うつ病が一つの神経伝達物質あるいは特定のレセプターの障害ではなく、うつ病の障害では多くの生理的システムが十分に反応していないか、呼応していないと言うことである。」デービッド、ヒーリー英国精神薬理学会元事務局長)この文はアンドリュー・ソロモン著「真昼の悪魔」二六五頁から孫引きです。
三.
大脳のネットワークが損傷したため人間生活の根本ともいえるコミュニケーション能力が損なわれます。みずみずしい感性が失われ、感情が鈍磨し自分自身が全身ラップに包まれたような、膜がかかったような状態となります。恐怖、怒り、悲しみ、幸福、驚き、嫌悪といった感情は人種や、文化が違っても共通です。赤ちゃんの言葉が出てくる前に、赤ちゃんはこれらの感情を見分けることができます。人類以前の段階から進化が獲得した要素なのです。こうした感情表出はコミュニケーションの強力な道具です。それが損なわれてしまいます。うつ病の治療とは大脳の傷を修復しネットワークと下位の脳に対する優位の回復にあります。であるならば、うつ病の治療は次の次項を実現することにあります。
1.傷ついた大脳を絶対的安静化におくこと
2.神経細胞の修復のための効果的な措置
3. こうした措置が生きてくるための、ゆったりした時間の確保。
4. リハビリ段階に入れば、コミュニケーション力の回復のための措置が役立ちます。
 
具体的に見てみましょう
1.傷ついた大脳の安静が第一の課題です。日常の会話を交わすこと自体が大きな負担となっているなら、あまりにもなじみすぎている、現在の家庭環境は不安と 不協和のもとになっている可能性があります。また脳の損傷が下位の(比較的シンプルで強い)脳にも及んでいる場合(強い自殺願望がある場合)入院が最良の 選択となります。人権を尊重する病院であれば、どこでも大きな差違は無いと思います。運悪く患者を人間扱いしない病院に入った場合、早めに脱出しなければ なりません。金銭的に余裕があればストレス病棟は大きな力となってくれるはずです。
 
2.一度傷ついた神経細胞はなかなか修復出来ないようです。脳出血、脳梗塞の例では修復には、丸2年間かかると言う報告がある。
運動は脳の神経細胞を修復する力がある。うつ病の運動療法はソフトボールやソフトバレー、長時間の散歩(3から5時間)、水泳などはよく知られている。散歩は脳のリハビリにとって有効です。
「運 動が神経発生を促進する理由として一番考えられるのは、運動中に神経を成長させる因子が放出されることだ。肉体の活動は脳由来の神経栄養因子(BDNF) を増加させる。BDNFはニューロンで合成されるタンパク質で、シナプスを作るほか、神経発生を促進し、海馬においてストレスによる細胞の死を防いでい る。同じく運動によってエリスロポイエチン(腎臓から分泌されるタンパク質)と、血管内皮増殖因子(VEGF)も放出される。いずれも脳の血管の成長を促進し、又増加したニューロンやシナプスの代謝を持続させる為に必要とされる。」グレゴリー・バーンズ著「脳が『生き甲斐』を感じるとき」
細胞修復に役立つサプリは、ω−3脂肪酸とω−6脂肪酸が大事です。うつ病の再発防止にはω−3脂肪酸が欠かせないと言います。ω−3脂肪酸はドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサヘキサエン酸(EPA)の形で直接供給が必要。
 
3.ゆったりした時間が最悪の状態からあなたを引き上げます。1日寝てばかりの状態では、何をしても効果はありません。この時期をやり過ごすまで辛抱です。
 
4.ある程度おきて動くことができるようになれば、コミュニケーション回復の努力があなたを救います。
@笑う機会を積極的に作る。笑いは「精神をニュートラルギアにもどす、リセットさせる役目を持つ」(関西大学社会学部木村洋二 教授)無理やりでも笑う筋肉を動かし、笑う場を作ります。よしもとの花月でも、漫才でも、落語でも、笑う会でも、まず形から入れ ば段々笑いが戻ってきます。
A動物でいえばグルーミング。人ではマッサージやネイル、集団でのお風呂。背中の流し合いなど肌と肌が触れ合う場を積極的に作ります。
Bモーツアルトなどの音楽、アロマの匂い、呼吸法、軽い汗をかく運動。@と関係しますが、読んで笑える本を、音読する。など

脳の回復には時間がかかること、比較的的安定してきても時折乱気流に見舞われること、過敏な状態は長く続き、そのため再発もありうること、こうしたことをあらかじめ覚悟しなければなりません。
回復にきっかけは、自分の好きな分野、自分の得意な領域での脳機能の回復から始まります。音楽、絵画、アロマ(いいにおい)、運動。得意なこと好きなことを伸ばせば、それに引きずられるように他の脳部位も回復してきます。脳神経の回復には最低2年かかるといわれます。回復した神経の訓練も必要です。筆者は聴力が弱くなり、障害年金3級の認定を受けています。ところがデジタル補聴器の調整を何度も繰り返して、脳神経に音を届け出すと、次第に聞こえる領域が拡大してきました。高い周波数の音がまったくだめだったのですが、そこに補聴器の水準をあわせ音を聞かせました。2年後の今難聴は変わりませんが、今までのように100%はからない状態から20%、50%、70%と分かる割合が増えてきています。
よくなってきています。重度の難聴でも回復の可能性があるのです。また聞こえることが潤滑なコミュニケーションも可能とします。これがまた聞く努力を増やし聴力回復につながります。うつ病による脳の損傷から回復する道筋も同じです。交通事故で脳を座礁し全身麻痺におちいった人が、音楽運動療法で好きな曲を流したとき、かすかに動く左手が、正確にギターの弦をおさえていたとききます。彼はギターが好きだったのです。
このように回復の鍵は好きなことを伸ばしコミュニケーションを活発にすることだとわかります。