事業所におけるパワー・ハラスメント
関西福祉科学大学 教授 三 戸 秀 樹
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パワー・ハラスメント 〈パワハラ)とは、力関係のある両者間において、その力の強い者が力の弱い者に対して、その力の強さによって不当な圧力を与へたり不当な要求をすることを意味します。職場で目の前にいる上司がわざと特定の都下だけに用事をすべてメー
ルで送ってくる、何かとどなりつける、仕事が終わって帰ろうとすると「もう帰るのか,上司がいるのに」と言う、入力ミスをしたら「医者だったら人殺しだ」,と言う、このような理不冬な嫌がらせに悩む人が増えています。仕事上の地位をカサに暴言を吐く上司たちに
、職場の中で人権が否定されています。上層部に訴えても「がまんしろ,」「その人なりのやり方だろう」‘「ああいう人だ」ととり上げてくれないという事業所が多いのです。このパワハラのなかで、一般に良く知られているものがセクシュアル・ハラスメント
(セクハラ、SeXualharassment)です。
セクハラとは、「職場などにおいて、相手の意に反して、不快な感情を生じさせる性的な言葉や行動」と定義できます。そしてこの中身は、@言葉によるもの、A肉体的なもの、B視覚に訴えるもの、C行為によるものなどに分類することができます。@言葉によるも
のは、性的な内容で中傷したり、性に関係あるあだ名で呼びかけたりすることです。A肉体的なものは、抱きしめたり身体に触れたりすることを意味します。B視覚に訴えるものは、女性の裸のポスターをはったり、またはその種の絵や写真を見せたりすることです。
C行為によるものは、性的関係を強要することです。
これに関する規定は、1997年6月の男女雇用機会均等法によって、「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する女性労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、または当該性的な言動により当該女性労働者の就業環境
が害されることのないよう、雇用管理上必要な配慮を行わねばならない」ことが明示されました。そして5年後、はじめてセクハラ防止対策の企業取組状況について厚生労働省が把握した「平成13年度女性雇用管理基本調査」が2002年に公表されました。なお本調査は、常用労働者30人以上の6,719事業揚に関する調査です。本調査では、「就業規則、労働協約等の書面でセクシュアル・ハラスメント防止についての方針を明確化し、周知した」が36.8%と最も高く、ついで「ミーティング時 などを利用してセクシュアノレ・ハラスメント
防止の周知を行った」が31.3%となっていま した。しかし取組が進んできている一方で、「特になし」は35.6%と、取組の立ち遅れている事業揚も多く存在しています。
セクハラの相談・苦情の対応窓口設置状況は、「人事担当者や職場の管理職を相談担当者に決めている」が42.8%ありましたが、他方、「設置していない」も依然として叫.0%あり、相談・苦情の対応窓口を設置していない事業揚が4割を越えていました。したがって、
中には対応が遅れている事業所も目立ち、セクシュアル・ハラスメントの相談・苦情があった事業場割合は、6.3%でした。その後の対応は、9割以上の事業揚が何らかの対応を講じていました。
事業所におけるパワハラは、セクハラだけにとどまりません.)健常労働者から障害労働者へ向かうハラスメントは、さしずめハンディキャップ・ハラスメントとでも言えます。
だれもハンディキャップ・ハラスメントと言っておりませんが、略せば、さしずめハンデハラでしょう。医療現場において医師から看護師や患者へ向かうハラスメントは、ドクター・ハラスメントと言われ、ドクハラと略されます。大学や研究所における上司と部下、
あるいは教授と助手のあいだなどに発生するハラスメントは、アカデミック・ハラスメントと言われ、略してアカハラと称されます.介護労働者から介護対象者へ向かうハラスメントもあります。ここにおいては老人虐待や障害者虐待などがあります。そして企業の過
労死・過労自殺事例のなかにも数多くのハラスメントがあります。
1997年3月12日のこと、川崎市水道局の男性職員(29歳)が自殺をしました。職場のいじめを主張する遺書風メモが残されていたのです。1998牛9月10日、名古屋市南区の従業員7人からなる配管設備や溶接工事をする零細企業社長〈44歳)が事務所で首つり自殺をしています。家族への遺書は、「金も力もない。私のささやかな抵抗をお許しください」と書き残して亡くなりました。これは、元請けが下請けに対して負担を強いる下請け構造化の中で倒れていったケースです。いわゆる下請けハラスメントとして指摘できます。
職場におけるセクハラ問題とその対策は個人的な相談事例として処理してしまうものではなく、その企業や事業所全体のマネージメントの問題として取り組むべき包括的課題なのです。福祉学は,社会的弱者への対応を表1.強者対弱者関係とハラスメント関連課題
考える学問です。・そして、産業福祉学は会社的弱者(組繊弱者)の対応を考える学問です。
企業におけるパワハラの存在は、すなわち企業における弱者対応を考える産業福祉学的視点の欠如・欠落なのだと強く指摘せざるを得ません
このように考えてきますと、強者対弱者関係のなかにハラスメントの本質的素地があることに気づきます。以下にこの強者対弱者関係の一覧リストと、そこにおける今日的な動きと課題項目を書いてみました。この一覧表から、ハラスメントという表現であらわす以
上の不当な対応が存在し、福祉的・産業福祉的テーマがわれわれの身の回りにたくさんあることに気づかれるでしょう。
強者対弱者 ハラスメント関連課題
企業‥・・…・‥・…・…労働者 過労死・過労自殺、知る権利、MSDS、特許帰属問題
男性‥・・・…・・・…・…女性 セクハラ、男女雇用機会均等法
医者・‥・…・・看護師・患者 説明と同意、尊厳死、ガンの告知、薬に関する情報
健常者…・‥・・・・・…・…障害者 交通権、移動権、雇用機会の要求
教師…児童・生徒・学生 内申書の開示、評価方法、教育情報の開示、元号・西暦表示
若者…・・……‥・…・老人 ノーマライ・ビーション
大人・・‥・‥・・・・・…・・・子ども 子どもの権利法
メーカー・・・‥・消費・生活者 消費者運動、PL法、食品添加物表示、貰味期間の明示、リコー ル制度、嫌煙権
企業・行政・・・・・…・・‥住民 ダムの建設、護岸建設、原子力発電所建設、入会の海浜埋め立
てや山林のゴルフ壕化の問題視、公妻訴訟
参考文献
1.大西守、島悟2000職場のメンタルヘルスハンドブック(第二版)。東京:学芸社。
2.大原健志郎2001働き盛りのうつと自殺。東京:別元社。
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