2010年11月18日世界人権宣言大阪連絡会学習会での講演要旨です。

12年連続自殺者が3万人を超す日本社会、何処に問題があり何が求められているか

 

働く者のメンタルヘルス相談室

伊福 達彦

 

自殺者3万人が続く異常事態

3万人を越す自殺者が12年も続いています。有名な大学からたくさんの論文が出ており、厚生労働省からも何億という助成金が出て調査をしていますが、未だにはっきりとした像や原因をつかむことができていません。

これは異常な事態です。第2次石油ショックの時にも世界的に自殺者が増えましたが、日本の場合は特に経済や社会の変動に合わせて自殺者数が変動する傾向があります。

私は6年前に大阪市内で、うつ病になって休職した人、うつ病になり自殺した人の遺族者支援を行なう「働く者のメンタルヘルス相談室」を立ち上げました。現在は、カウンセリングのほかに全国で自死された方のことを知っていただこうと、写真や遺書、遺族の方の写真と手記で構成されたパネル展を開いています。北海道から鹿児島まで8000人以上の方が来場してくださっています。

 

自殺者と遺族に冷たい社会

自殺を考える前に、愛する人を亡くすと言うことについて考えてみてください。親しい人や愛する人との別れは体の一部を失くしたようなとても悲しい事だと思います。原因が自殺だった場合はどうなるでしょうか。悲しみと自責の念で追い込まれる上に、個人的な問題だという世間の偏見の目に耐えなければなりません。悲しいのか何かわからない混乱状態で何年も暮らす方もいるのです。

ある親は、遺品回収代・火葬費用・アパートのお払いや修繕費等162万に加え、自死があった部屋は安くしか貸せないと損料120万を請求されました。また、家賃補償など900万円を求められた上に「自殺を予見でき、回避可能であった」と遺族の過失を主張された人や、アパートの建て替え費用1億2000万を請求された人もいます。また妻の縊死を発見した夫は警察の事情聴取を通夜・葬儀中から10回以上も受け、親戚からは殺人者扱いされました。

警察での自死遺体の扱いはとてもお粗末名場合もあり、検案のために全裸で放置された姿を見て家族は更に傷つきます。行政の相談窓口では「死ぬくらい嫌な仕事ならやめればよかった」「家庭に問題がある」などの言葉を投げつけられるのです。家族を亡くしだことについてどうしていいかわからない気持ちでいる上に、このような追い打ちがかかります。

パネル展会場でのアンケートに「19歳の時に無二の親友を自死という形で失いました。彼女の身内は‘世間体’を崩した娘として事件を消しました」とありました。このようなことは頻繁に起こっています。警察には自殺として届け出ていても世間には病気や他の理由で亡くなったと言っていることもあります。ある医者の遺書では「自分は死にゆく存在で名も葬式も墓もいらない」とありました。自分の存在をこのように思うことはとてもつらいことです。

 

自殺を生み出す社会

自殺は社会問題です。労災の通達でも「業務上の精神障害によって、正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態」での自殺は個人の故意には該当しないと明確に書いています。しかし、自殺した会社員は9000人を超えていますが、そのうち労災申請件数が157件(2009年)、わずか1.8%だけです。あとの人はなぜ亡くなったのでしょう。自殺として労災申請するにあたり世間の壁があるのではないでしょうか。

 

文化的背景

文化、政治経済・社会の問題、そして生活習慣の問題が重なって、ほとんど爆発的な自殺の現象を生み出していると考えることができます。まず、日本人の琴線にふれる事象として、自決は名誉とされています。忠臣蔵は毎年必ずとりあげられますし、歴史的にも特攻隊や集団自決、「生きて虜囚の辱めを受けず」など、日本人の誇りはその死に方にあるとされてきました。これに対し自殺は恥とされているため、遺族は世間体を気にします。軍隊であれば不名誉除隊となり、軍神にはなれません。遺族にとって亡くなったことと同様につらいことです。

 

うつ病との関係

また、うつ病と自殺も関係があります。現在は病気になりやすい生活環境だと思います。人間には動物として太陽に合わせた24時間のサイクルがありますが、睡眠時間が年々短くなっています。24時間のお店が当たり前となり、便利であっても光汚染となって寝るべき時に寝られなくなっているのではないでしょうか。

自身もうつ病を患った、内科医で作家の南木佳士さんは「鬱になって仕事ができなくなると、社会的に己の価値がなくなってしまう気がして己を責めだし焦燥感が出る。この身が存在しているからいやな感じがするのだと思い不快感から逃げ出すには存在そのものを消すのが一番なのでは、と思うようになる。そして見えない力が背中を押すのです。」と書いています。自殺体験についても「それよりも楽なのは自裁だな、と耳元でささやく気配を感じた。・・・迷いなく、より楽な選択をするために台所に入った。・・・いちばん奥の出刃包丁に手を伸ばした。すべては見えないけれどあらがい難い力に後押しされた行動で、動いている間は恐怖感はなく、かぎりなく自動機械に近い存在に変身してしまった気分だった。」と告白しています。

この時は、お腹をすかした飼い猫が足元にじゃれついてきて、その温かさが伝わり自殺願望が消えたそうです。この経験を書いたものが本になって出ています。うつ病になった状況がよくわかる事例です。

 精神科医療が頼りないことも、うつ病にとって問題です。帝京大学医学部精神神経科准教授の内海健さんは「DSM(アンケート形式で症状を診断するシステム)に象徴される、昨今の精神医学の現状にわたしだけでなく、多くの精神科医が危機感を持っているのではないだろうか」と憂慮しています。一般的に病気には検査が必要ですが、それがないのは精神科だけです。DSMと5分ほどの会話で理解する、あるいはそのくらいの時間で処理していかなければ対応しきれないという現実があります。昔と違い、今は精神科に患者がどんどん押し寄せているのです。

 

うつ病により自死した若者と遺族

うつ病により2005827日に25歳で自死された片山飛佑馬(ひゅうま)さんのお話しをしましょう。2003年に慶応大学法学部を卒業して銀行に就職し、エリートコースを歩んでいたのですが、3年目に営業部に配置転換された時からノルマ達成を強く要求されるようになり、毎日責められました。そして、20055月にはうつ病になって休職、自殺未遂を繰り返して8月27日亡くなりました。後日、自室の机の上で見つけられた文章です。

 「今日僕は死んだ。自分で自分を嗤うことには慣れているが、人に嗤われると腹が立つ。自分で自分を傷づけることには慣れているが、人に傷つけられると腹が立つ。僕の最大の幸福は本当に愛する人に出会えたことである。僕の最大の幸福は本当に愛してくれる人に出会えたことある。僕はみなさんが幸福の中に生きられるよう祈ります。」「私は自分が怖い。今生きていることは誰の助けにもなっておらず、ただ迷惑をかけるだけの存在となってしまっている。人の恩を仇で返して、そういう存在になっている。」と、自分が社会的価値を失っていると、自責の念をとても強く感じています。

 私は「三田文学」に、片山さんの言葉が掲載されたことで彼を知り、ご遺族と交流を始めました。大変な反響だったそうです。ご両親は子どもを失っただけではなく自分をも失ったとおっしゃっています。子どものことを思い出すのが怖く嫌なので、暇を作らないようなるべく長い時間朝から遅くまで、週末も働くようにしたそうです。

 

雇用との関係

日本の自殺率はヨーロッパの3倍、アメリカの2倍です。また、2060代の自殺者の合計が全体の80%近くを占めています。被雇用者と無職者の自殺の合計が全体の85%を占め、無職者の大半が働き盛りです。被雇用者が9000人以上自殺し、ほぼ同数の人が働き盛りでありながら無職者として自殺していることになります。つまり、日本の自殺は仕事がらみが非常に多いのです。これは政府や労働行政・財界の規制緩和の動きと深く関連していると思います。1993年以降規制緩和が要求され、1999年には労働者派遣法が大幅に規制緩和されました。2004年には製造業への派遣も一気に解禁されました。そこで正社員の大量解雇(リストラ)が始まったのです。

 

リストラ被災者たち

リストラの手口には、対象となった人に侮辱する言葉を投げつけ、「リストラ部屋」(人員調整室)に移動させ、そして3ヶ月の間に自分の仕事を見つけることが仕事だというようなことがあります。1998年に自殺をした方の日記には、30年以上勤務した会社を辞めた翌月に首つり失敗と書いてあります。退職金もあり明日からの生活に困るわけではありませんが、屈辱感というか生き甲斐であった仕事と誇りを同時に奪われた状態では生きていけなかったのだと考えられます。

音響メーカーのパイオニアが199312月に業績の悪い50代管理職を35名解雇すると発表したことは有名になりました。対象者は過去に上司から受けた人事評価が悪い人でしたが、上司と折り合いが悪い場合はどうなるのでしょうか。1999年3月には、ブリジストンの社長室で退職勧告を受けていた元管理職社員が割腹自殺をする事件がありました。1994年から3462人の正社員をリストラした社長の方向転換を約束する諫言死をすると腹を切ったのです。

リストラ被災者が累積することによって自死する人数を引き上げています。リストラで人は減っても仕事は減らないため、会社に残った人は労働時間が増え、過労での自殺が心配されました。また自己破産も急激に増えました。住宅ローンを組んだものの、突然のリストラで支払えなくなるのです。正社員が減って、住宅着工減少も起こっています。

こうなると自殺者の大半がリストラと関係があることになります。これからも大量自殺時代が続くと考えなければなりません。非正規労働者が増え、正社員の枠が少なくなっています。1998年以前なら、企業の規模は小さくなっても正社員になることが出来ましたが、今は非正規しかありません。それしか選択肢がないのです。有期雇用も長期的な将来計画が立てられないので問題です。こちらも自己責任を問われても、他に選択肢がないのです。

雇用保険受給期間も短くなっています。自己都合で辞めたら3ヶ月しか受給できず、あっというまに時間がたってしまいます。こういうことが貧困に追いこんでいきます。50代の自殺の原因は、経済問題が56.4%となっていています。

日本の年間労働時間は減っていますが、一日当たりの労働時間は増えています。長時間労働の問題は依然として解決していないということです。一日の睡眠時間は減っています。私たちの体は一日ずつ回復しないと持ちませんし、生産性も上がりません。

 

どうすればいいのか

これからは新しい考え方が必要です。もっとも提唱したいのは、「勤務時間インターバル制度」です。すでに情報労連に加盟する数社で8時間や10時間のインターバルの設置を労使間で同意しています。特にIT関係の仕事はひとつのパッケージを終わらせるまで仕事を止めることができないので、このような即効力のある規制がかかることは良いのではないでしょうか。日本の睡眠時間は世界で1、2を争うほど短いのです。そこに過重な労働や自決の文化などがあるため、背中を押すものがあったら自殺は増えてしまいます。

自死した方と遺族の方々の尊厳の回復も大切です。追いつめられて病になり何も出来なかった。遺族には深い悲しみを残すことになります。遺族の会で話を聞くと、名誉を回復されない間は死者が夢に出てこないそうです。遺族の心が傷ついたままでは死者は遺族の心に戻ってこないのです。これは非常に大事なことだと思います。自死した3万人すべての名誉=人権が回復されないといけません。名誉の自決も恥とされる自殺も同じ死です。差別はありません。改善できることは改善して、まず3万人を半分くらいに減らさなければなりません。そのためにも3万人の自死者の名誉、5倍と言われる遺族の名誉を回復することが、新たな自死を防ぐ大きな力になってくると考えています。

 今日は自殺と言う言葉も多く使いましたが、遺族と交わる中で私たちは普段、自死と言う言葉を使っています。将来的にはこの言葉がとって代わるようになればと思います。

 


題は「12年連続,3万人が自ら命を断つ日本社会、何が問題で、どうすればいいのか」jinkensinn1.pdf へのリンク
jinkensinn2.pdf へのリンク
jinkensinn3.pdf へのリンク


2010年9月11日「第3回全国自死遺族フォーラム」での講演要旨が河北新報11月10日に掲載されました

河北新報2010年11月10日


ホームへ







「メンタルヘルスを考える。労働組合としてどういった取り組みが必用か」 

地雷原を歩く日本人の生活

1.病に苦しむ仲間の支援
ポイントは病に苦しむ仲間を支援する者を支援すること(家族・友人の支援)
支援の内容
 @活用できる制度を伝える。
 休職制度と傷病手当、通院医療費の補助制度、障害者手帳の活用、雇用保険受給期間延 長、雇用保険所定給付期間の延長、障害年金、障 害者控除、高額療養費支給、生活保護、 労災申請  
 @治療情報の提供  ストレス病棟、病院の紹介、治療終了までの経過、 薬害、便秘 対策  
 B家族どおしのつながりを作る  通信、家族会
 C本人への対応  ポイントは人に支えられている、自分も他の人をわずかでも支える ことが出来る事を伝 える 「がんばれ」でなく「がんばって いるね」「大変だったね」
 手段は傾聴(ひたすら聞く)

2.復職をサポート  復職後の再発率は高い。再発を前提に再発もリハビリと位置づ ける。克服の過程で自分の今後の仕事のあり方を知る(1年 間は残業禁止)

3.うつ病を理解する
 うつ病とは何か、うつ病患者97年40万、06年100万、10年300万人
 心の病か、脳の病か(認知症、アルツハイマー、知的障害との違い)
 うつ病に何故なるか 生活環境と職場環境の激変 休職者の増大
 うつ病と自殺 現状からの解放、リセットを願う
 長時間労働やパワハラとうつ病
 パワハラとは

4.労働者の置かれた環境の激変を知る
90年代後半の構造変化
@97年の自殺者数24000人から98年は32000人へ急増
A正社員の大リストラ98年3794万人から2年間で164万人減 非正規の急増
B労働組合組織率98年22.4%から07年18.2%へ下がる
C大学卒無業者が急増、失業率98年の2%から09年3.7%へ
D現金給与総額が97年をピークに37万から31.5万に減少。労働分配率減少
E90年代を通じてパート等短時間労働者増と正社員の労働時間の増大(特に30代)
F有給休暇収得率96年52.6%から06年46.9%へ
G雇用保険受給率の減少98年36.6%から06年21.6%へ
H教員の精神疾患による病気休職者の推移97年1715人から06年4675人へ
I企業内部留保88年159.7兆、98年209.9兆、08年428.6兆
J児童虐待率98年14.5%、03年54.9%(入所児童の主訴の割合)