うつと自殺について考える
2007,9,8 伊福 達彦
1.自殺の社会性
自殺は個人的な行為と見えるが、やはり個人性とともに社会性を持つ。例えば戦争や強制収容所、恐怖時代には自殺がすくないことはよく知られている。毎日の生活の中で死の恐怖にさらされ、個人の努力では解決できない問題の囲まれている状況では、自殺や死について考える事もなくなります。身の回りの出来事だけが、心理的負荷になるのではなく、社会のあり方そのものが最大の心理的負荷になっているような状況ではライフイベント論は影が薄いことは言うまでもありません。うつになり自殺した場合も同じ事がいえます。うつが癌や循環器疾患と並んで3大疾病となっている現代に於いて、うつと言う病に落ちること自体が社会性を持つ。癌もうつも4000年以上前から存在した証拠があるが、現代ほど多くの人が罹病するようになったのは時代や社会に理由がある。皮膚癌はオゾンホールと関係があるし、その他の癌は日常摂取する膨大な化学物質と免疫系の弱体化と関係がある。うつは異様な社会のスピードアップが関係している。ある時代に支配的な病はその時代への警告ともいえる。(4000年前からうつ自殺はあった)はここから4000nenn.pdf へのリンク)
2.うつと自殺に関連性があるか
うつと自殺にはある関連性については、社会的な面と生物学的な面の両方から考える必要がある。うつは死を誘発する気分を作り出す。その気分はうつ病の重さ軽さ、初期、後期に係わらず全ての段階で存在する。うつ病の怖さはここにある。死を誘発する気分と実際に自殺を決行することは同じではない。自殺決行の強さは時代や社会によって異なるようなのである。自殺者の約半数がうつによる自殺と言われている。アメリカと日本では自殺数はどちらも3万人台でほぼ同じであるが、人口が日本の2倍あるアメリカは自殺率は日本の半分と言うことになる。だが国民皆保険のないアメリカの医療環境は、日本と比べていいとはいえない。もしうつになる可能性が日米で同じなら、うつによる自殺率が違うと考えられる。アメリカの貧困層はうつだけでなくHIVもアルコール中毒もドラッグ中毒も多い上に、健康保険とは無縁の生活をしている。(アルコール中毒から心疾患まで他の病気に罹っている場合、うつは隠されてしまう)うつの絶望感は、今ある生活からうつによって落ちていくだろう先との落差の大きさに影響を受けている。中流階級の人なら、今まで順風であった人生が暗転していくその闇の深さに暗澹とする。もうこれ以上落ちる事のない貧困層にとっては、うつによって失う物は中流階級に比べて極めてすくない。毎日の生活で死の恐怖にさらされ、自分の努力では解決できない問題に囲まれ、周りが皆同じであれば、何が正常かさえあやふやになる。
日本の自殺は1998年(H10年)から3万人を超え続けている。10万人に対する自殺率は前年の19.3から26.0へと一挙に増大した。一挙に増大した原因がわかるなら、少なくとも1997年以前のレベルにまで自殺率は下がるはずである。
1997年の自殺者数24391から1998年の32863人と8472人増加しているが、増加分の62%、5223名を50代と60代でしめる。警察庁が2007年6月に発表した「平成18年中における自殺の概要資料」に依れば2006年中の自殺者の34.6%が60歳以上であり、22.5%が50歳代であった。50代、60代の元中流、現在無職という自殺者がめだつ。
平成16年度に報告された近畿大学医学部付属病院の研究に依れば、50歳から69歳自殺企図者において重症が多く、初回企図者が多いと言う特徴が認められた。
三次医療施設の救急救命センター3カ所自殺企図者のケースを集積し722例のうち、80例の既遂例を分析すると、未遂例に対して既遂例の特徴は、@男性であることA高齢であることB精神科の既往・通院歴がないことC精神疾患の家族歴がないことD初回の自殺意図であることE事前に周囲に相談していないことF短期間でのストレスは(未遂例に比べて)すくないことG企図時に飲酒していないことHうつ病であることI手段が飛び降り、飛び込み、縊頸であること、J希死観念が強いこと、等であった。(こころの健康科学研究事業 平成16年度総括研究報告書)
1997年から98年に精神科での通院医療費は25%増えている。患者の増大は翌2000年から顕著となり平成18年度には100万人近くに達している。97年の2.4倍である。この中で50代、60代は我が身に降ってわいた「うつ」にどう対処していいかわからず、精神科にかかるのを潔しとせず、まっしぐらに死に突入しているように見える。「うつ」や精神科への受診を恥と見る偏見は、高齢世代を死へと導いている。「うつ」は4000の歴史を持つといえども100万人もの患者を持つに至ったからには、現代という時代の病と認識されなくてはならない。
今まで治療の延長上に救いはない。研究費を集中投下し「うつ」の偏見を打破し「なおる」病気にしなければならない。うつと自殺は日本では今や最大の結びつきを持って、社会の恐怖となっている。
3.勤労者の自殺から考えてみよう。警察庁自殺概要資料に依れば、2006年(H18)度の被雇用者と管理職の自殺数は、合計8790人で、これと60代の自殺者数11120人の合計は19910名である。(50歳代の無職と60歳代の有職者を相殺と仮定すれば)これは全自殺者数の62%となる。60歳代のうつと勤労者のうつ対策の重要性が理解できる。これまでおおむね順調な人生を送ってきたのに、不意に自分の人生に暗い影がさし、何事にも無感動、無関心となるだけでなく、難しい仕事が出来なくなり、仕事への意欲もなくなる。まるで落とし穴に落ちたような、突然の暗黒世界の到来にとまどってしまう。うつに拉致された状態になる。今までに順調な人生との落差はあまりにも大きく、何故そうなったかについて考えも及ばない。日本の場合まず勤労者と60歳代の(もと)中流階級がこのような形でつまずき、自殺の急増となった。今ワーキングプワーが問題となっているが次は、貧困が引き起こすうつの波におそわれるであろう。その時うつと自殺は又新たな様相を見せるであろう。
3.自殺を防ぐ方法はあるだろうか
自殺対策の核心はうつ対策である。病気が自死へと誘導するうつにあっては、電話相談やカウンセリングで救う事はできない。死を求める誘惑そのものを押さえ込む力がいる。入院も有効な手段であるが、クスリである程度防ぐことができる。「現在手に入る治療薬の中で、最も効果的で、広範に研究され、文献としても数多くの事例が残されている自殺防止薬はリチウムである。」(ケイ・ジャミソン)リチウムを使用する時、毒性を排除するため血中リチウム濃度の監視が必要なこと、思考力の鈍麻などの副作用があるからか、精神科医療の現場ではリチウムは敬遠されている。元々てんかんの治療に使われていたバルプロ酸等の方が管理しやすいので、リチウムに変わって処方されている。デパケンなどは華々しい売れ行きだという。
しかしパブロン酸などの抗鬱薬の自殺防止効果は証明されていない。精神科医のクスリへの管理能力を高め、リチウムの処方ができる医師を全国に配置する必要がある。(ケイ・ジャミソンらの研究ではリチウム服用によって自殺者と自殺未遂者は非服用群に比べて九分の一となる)
「早すぎる夜の訪れ 自殺の研究」(ケイ・ジャミソン著)参照