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20041122 

精神障害・自殺の労災認定に関する意見書

厚生労働大臣
人事院総裁
地方公務員災害補償基金理事長

御中

 私たちは、1988年以来社会問題となっている「過労死」問題の解決のため、全国的に過労死弁護団を組織し、労災申請事件、不支給処分取消請求不服申立事件、不支給処分取消請求行政裁判事件、法定外補償請求事件、損害賠償事件等の事件を担当してきました。

  ところで、警察庁の統計によれば、2003年の年間自殺者数は3 4427人であり、6 年連続3万人を突破する極めて深刻な事態が続き、これらの自殺の相当数が業務による過労・ストレスが原因となったと推定され、関係者がこれらの自殺のない よう一層努力することが強く求められています。と同時に、現に発生した精神障害・自殺については、労災補償制度の制度目的に基づき適切な補償が実施される ことが強く求められます。

 この精神障害・自殺の労災補償につき、1999年に従前の原則業務外とする取扱いが 転換され、相当数の事案が労災認定されるようになりましたが、以後5 年の運用の中で多くの問題点が明らかとなっており、厚生労働省は近い将来通達の改正を予定して検討を開始していると報じられています。

 私たちは、さる101 2 日に開催した第17回全国総会でこの精神障害・自殺の労災認定問題に関し討議しました。そしてこの度、その認定のあり方につき別記のとおり意見を集約し、ここに提出致します。

 貴方におかれては、この意見を考慮され、速やかに精神障害・自殺の現行認定指針を抜本的に改正し、認定行政を改善されるよう要望する次第です。

 なお、指針の改定にあたっては、被災者・遺族、当弁護団、その他労災実務の現状に熟知した者から広く意見を聴取し、民主的に選定された医学専門家だけでなく法律専門家を加えた公正な総合的専門家会議を設置し、公開による検討を行うよう強く要請する次第です。

113-0033

東京都文京区本郷2-27-17
過労死弁護団全国連絡会議

 

   

代表幹事 岡村親宜
同    水野幹男
同    松丸 正

第 1 精神障害発病の原因として、ある出来事(ライフイべント)が起きたことが明確に認識される事実による「急性ストレス」のみならず、長時間労働、長期間 にわたる多忙、単調な孤独な繰り返し作業、単身赴任、交替制勤務等の日常の労働生活により持続的に継続される状況による「慢性ストレス」が存在することを 認め、業務による「慢性ストレス」が認められる場合にも「業務上」と認定するよう要件を変更する認定指針の改正を行うこと

  現行認定指針制定の際に設置された労働省の専門検討会は、「検討概要」において、職場におけるストレス要因として、「ある出来事が起きたことが明確に認識 される事実に係る」「急性ストレス」のほかに、「長く続く多忙、単調な孤独な繰り返し作業、単身赴任、交替勤務などのように持続的であり、継続される状況 から生じる」「慢性ストレス」が存在していることを認め、業務による出来事(ライフイべント)による「急性ストレス」の他に「慢性ストレス」が精神障害発 病の原因(環境からくるストレス)となることを認めながら、「検討結果」においては、精神障害の発病要因としては、出来事(ライフイベント)によるストレ スだけを取り上げ、「慢性ストレス」を取り上げなかった。

 しかし、精神医学においては、今日、精神障害の発病 要因である「環境からくるストレス」には、労働者がその人生でたまにしか遭遇しない事件的出来事(ライフイベント)による急性ストレス(心理的負荷)より も、むしろ長期間の日常生活において生ずる混乱や落ち込みのディリー・ハッスルズ(日常的煩わしさ)と言われている慢性ストレスが発病の原因として作用し ているとされており、労働者が日常の労働生活により負担する「慢性ストレス」を発病要因と認めない認定要件を定める現行認定指針は根本的に改定する必要が ある。

 そして、その改定にあたっては、一般経験則に照らして、精神障害の発病の要因となり得る過重な慢性スト レス及び急性ストレスを「過重ストレス」とし、被災者がこの過重ストレスを生じさせたと認められる業務に従事したことと、被災者が業務による発病要因とな り得る過重ストレスがなくても、業務以外のストレス及び個体側要因により発病したとは認められないこと、並びに被災者に他に精神障害を発病させる確たる要 因が認められないこと、を要件とする認定要件に改定する必要がある。

 名古屋高判03.7.8(トヨタ自動車事 件)は、自動車会社の設計業務に従事していた係長が恒常的な時間外労働や残業規制により相当程度の心理的負荷を受けて精神的・肉体的に疲労を蓄積していた ところ、2車種の出図期限が重なり出図が遅れによる強い心理的負荷を受け、かつ職場委員長への就任が決まり出図期限が遵守できなくなるのではないかとの不 安・焦燥による心理的負荷が認められれば、これらを総合して「過重な慢性ストレス」が認められると認定し、指針の定める労働者がその労働生活においてたま にしか遭遇しない[別表1]の事件的出来事による「強」と評価される急性ストレスが存在せず、発病の原因は本人の個体側要因の脆弱性にあるとする行政機関 の認定を否定している。

 なお、精神障害の発病要因となる「慢性ストレス」を含む「過重ストレス」は、発病前6か月の間を対象とするのは相当でなく、おおむね1年間を対象とするのが相当というべきである。

第 2 精神障害の発病の原因となる業務による「過重ストレス」の強度の評価の基準を、被災労働者とその遺家族の人間に値する生活を営むための必要を充たす最 低限度の法定補償を迅速公平に行うという労災補償制度の制度目的に照らし、現行認定指針の定める多くの人々がどう受けとめたかという基準(健康な平均人基 準)ではなく、当該労働者が置かれた立場や状況を充分斟酌して適正に心理的負荷の強度を評価する必要があり、同種労働者の中でその性格傾向が最も脆弱であ る者を基準として評価するよう指針を改定すること

 現行認定指針は、検討会報告書の検討結果が、精神障害の発病 原因である「ストレスの強度は、環境からくるストレスを、多くの人々が、一般的にどう受け止めるかという客観的な評価に基づくものによって理解される」と していることを根拠に、「労働者災害補償制度の性格上、本人がその心理的負荷の原因となった出来事をどのように受け止めたかではなく、多くの人々がどう受 けとめたかという客観的な基準によって評価する必要がある」とし、認定要件として「発病前6か月の間に客観的に当該精神障害を発病するおそれのある業務に よる強い心理的負荷がみとめられること」が必要であるとしている。

 しかし、補償対象は、業務と相当因果関係あ る死傷病と解するのが相当であるとしても、前記労災補償制度の制度目的にてらせば、精神障害の業務上外の判断における業務によるストレスの強度の評価は、 被災労働者本人が感じたままと理解するのは相当でないとしても、平均人基準ではなく、前記名古屋高判03.7.8(トヨタ自動車事件)が判示するとおり、 「ストレスの性質上、本人の置かれた立場や状況を充分斟酌して」「ストレスの強度を客観的見地から評価することが必要」であり、「同種労働者(職種、職場 における地位や年齢、経験等が類似する者で、業務の軽減措置を受けることなく日常業務を遂行できる健康状態にある者)の中でその性格傾向が最も脆弱である 者(ただし、同種労働者の性格傾向の多様さとして通常想定される範囲内の者)を基準」とするのが相当であり、指針は「当該労働者が置かれた立場や状況を充 分斟酌して適正に心理的負荷の強度を評価するに足りるだけの明確な基準になっているとするには、いまだ充分とはいえず、うつ病の業務起因性を」指針の「基 準のみをもって判断する」のは不相当というべきである。

 そして同事件の名古屋地判01